華僑大富豪の教え

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米4大留学失敗者が語る英語の出直しするまでの経緯2

私は、幸いにも大学時代の友人から一緒に起業しようと申し出がありました。

まあ、起業と言っても、スモールビジネスのようなもので、今でいう副業ブームに近いものです。私は、英語をとにかく実践で使う現場を欲していたので、それに乗っかりました。これで、日々の英会話をする相手は手に入れました。

それこそパートナーの友人とは、1日1時間程度通話をする機会を設けるようにしました。あえて起業の内容とは関係ないことも話すようにしたのは、スモールビジネスは関わっている当事者のモチベーションが全てだからです。毎日、面白可笑しく一緒に話しをすることが一番進捗が進む近道だと考えました。私はパートナーと日々のご飯から、ビジネスの話、政治の話、ざっくばらんに何でも話せる関係です。

これで、1ヶ月の合計で20時間程度は英会話をするという環境を作りました。

 

次に、このパートナーは架橋なのですが、趣味で彼は中国語を教えているので、彼の中国語のレッスンを週に1回受けることにしました。これは、私の場合ですが、一つの言語だけ勉強していたら早々と行き詰まるのですが、複数の言語を同時に学習すると、言語によって習っているレベル、習得しているレベルが違うので、行き詰まらなくなりました。停滞期のようなものが発生しなくなりました。厳密には、常にどれかの言語で停滞期が発生しているのですが、必ず進行してる言語もあるので、停滞期が停滞期じゃなくなるような感覚になります。

私は、英語だけ学習していた時は、いつになったら次のレベルに行けるのか、今話している内容や、学習している内容は理解できるようになるのだろう?そんなことばかり考えていましたが、言語の数を増やすと、常にどれかは高速でPCDAが回っているので成長していないという体感をあまり味わないで済みます。

 

米留学時代と違うのは、単位や成績のために勉強するわけではないので、楽しんで勉強できること、私の好きじゃない通勤や通学がないことです。あくまで自分で勉強工数を割り出して淡々と進捗管理をして進める方法は、自分には非常に合っていることが分かりました。今日は、行きたくない、やめておこうみたいな日は、無理にやる必要がない代わりに、今週はいつもより頑張ろうみたいな調整が効きます。

 

 

 

 

 

 

米4大留学失敗者が語る英語の出直しするまでの経緯

現在のレベル:非ネイティブ圏の人と1対1なら8割くらい喋れる、非ネイティブ圏でもグループディスカッションになると厳しい。

ネイティブだと相手の発音にもよるが、ずっと1対1だと厳しい。

読み書きは時制の一致、熟語などで詰まる、簡単なスラングが分からないことがある。

自分の言いたいことは伝えられるが、相手の言っていることが分からないことが多々ある。

 英語生活に慣れた頃に帰国したので、中途半端に分かるけど、ネイティブに囲まれると、コテンパンです。

 

私は、当時自分の英語の担当の先生だった先生に何度も押し、問答して英語力を高める方法を聞いていたのですが、小説などの本を読む、新聞などをしつこく見る、毎日英語で日記をつける、英語で考え続けれる環境に身を置くなど、基本的なことを教えていただきました。

それは、それで有難かったのですが、たださえ毎日英語を聞いて疲弊しているのに、英語で小説を読む気になりませんでした。

そのため、この教えは実行できないまま帰国という選択を選ぶことになりました。

それでも、ラッキーだったのは、帰国後も周りが話すメンバーに恵まれ、私の米国時代の友達たちも日本に遊びに来てくれていたのと、卒業後の日本メンバーが優秀だったので、彼らと会う度に、常に学び直す機会を再度設けて頑張らないいけない、、、と自分に言い聞かせることができたことです。

そして、帰国して2年くらい経った頃には、当時ほど英語嫌いはなくなっていました。使わないといけない環境、話さないといけない環境に身を置き続けた結果、英語嫌いは加速してしまいました。それが、使わなくても良くなったので、勉強が少し楽しくなりました。そこで、これを機に勉強を再開する作戦を立てました。